★月○日　　（気分は星いっぱいの夜空）　　ボツ童話？号

『月の　クワガタ虫』

ぼくが　ときどき遊んでいるお寺の境内には　大きなイチョウの木がある。

秋、ギンナンが実るころは　へんなにおいがして、遊ぶ場所を変えることも

あるけど、夏は　とてもすずしくしてくれるので　お気に入りだ。

夏休みがはじまって　３日目のお昼ごろ、ぼくと　洋平くんと　ゆかりちゃんは、

境内で　クワガタ虫に相撲をとらせて　遊んでいた。

ぼくのクワガタは　ア−スという名前なんだ。

いつも　洋平くんのクワガタに負けていたけれど、きょうは　強かった。

きのうの夜、ア−スと作戦会議を開いて、オモチャのクワガタを投げ飛ばす

特訓をしたからだ、きっと。おやつのスイカだって　半分こ、したんだ。

うれしくて、胴上げしてあげたくなっちゃった。

「ねぇ、なんか急に暗くなってきたわね」と、ゆかりちゃんが

　 空を見上げて言った。ぼくは、ア−スを胸のポケットに入れた。

「家に帰ったほうが　よくないか？」

洋平くんが　担任の先生の口まねをして言った。

そのとき、空がパッと明るくなったかと思うと、パッキ−ンとド−ンが

入り混じったような　ものすごい音がした。

☆　　　　　☆　　　　　☆

「ふたりとも　だいじょうぶ？」ぼくは　やっと　それだけしゃべれた。

「びっくりしたなぁ」と、洋平くんの返事。

でも、ゆかりちゃんの声が聞こえない。

「おい！これ、何だよ」洋平くんが　何かを見つけて叫んだ。

行ってみると、イチョウの木の根元に　大きな穴があいていた。

「入ってみる？」ぼくがきくと、

「あったりまえだよ。この中に　ゆかりちゃんが　落ちちゃったかも

しれないんだぞ」と、肩をふるわせながら　洋平くんは言った。

☆　　　　　☆　　　　　☆

ぼくたちは、イチョウの木の根っこをロ−プがわりにして、

ゆっくりと　おりていった。穴の底は暗いはずなのに、

おりていくにつれて　まぶしくなってきた。

「ゆかりちゃ〜ん」ぼくが叫ぶと　洋平くんも

「返事しろよ〜」と、呼びかけた。でも、ゆかりちゃんの声は聞こえない。

「思い切って、飛び降りてみようか？」洋平くんが　とても恐ろしいことを

平気で言った。ぼくは、怖くてしかたなかったのに　うなづいていた。

「せ〜の、で　飛ぶぞ」その声を聞いていると、洋平くんも

勇気を振りしぼっているんだなと　わかった。

「せ〜の、だね」ぼくも　決心した。

「せ〜の〜」

☆　　　　　☆　　　　　☆

「ぼくたち、どこにいるんだろう」からだがフワフワして

おまけに　息ができない。

「ゆかりちゃんだ！」洋平くんが、倒れているゆかりちゃんを

ダッコしようとしていたので、ぼくは　脱出する穴を探した。

「ここだ！」底の明るい、大きな穴があった。

ぼくたちは　かけ声もかけずに、すぐに飛びこんだ。

☆　　　　　☆　　　　　☆

気がついたとき、ぼくたちのまわりには　大ぜいの人が　集まっていた。

すごい有名人になったみたいだった。

ぼくたちが、どこへ行ってきたのかは、

服についていた土を調べて　わかったそうだ。

それは、月だった。そう、夜空で　ほんわり　かがやいている、あの月・・・。

☆　　　　　☆　　　　　☆

それからというもの、お寺の境内は『簡単月旅行』をしようという人で

いっぱいになった。ついには　こんな看板が、立てられた。

『月のゴミすて場』！

いらなくなった家具や、テレビ、冷蔵庫。毎日　大きなトラックが、

イチョウの木の根元の穴に、ゴミを捨てていくようになった。

「ちかごろ、月が暗くない？」学校帰りに、ゆかりちゃんが　ぼくたちに言った。

「きっと、ゴミすて場のせいだよ」洋平くんの意見に　ぼくも賛成だ。

穴をふさいでもらうしかないと　思った。

☆　　　　　☆　　　　　☆

ぼくのクワガタ虫が　行方不明になってしまったことに気づいたのは、

１週間後の夜だった。あんなに　大切に飼っていたのに、

いろんなことがありすぎて、すっかり忘れていた。

ア−スのいない飼育ケ−スの中には　ひからびたスイカの皮が、

ポツリと　残っている。どうにか　３年目の夏を迎えたというのに・・・。

お寺の境内かもしれない。捜しに行こうと　玄関を出たとき、

きのうより美しく　月が光っていた。

そして、ぼくは見つけた。月の中に　ぼくのア−スがいる。

人間が汚してしまった月を掃除してくれている、

でっかいア−スを　ぼくは　見つけたんだ。

（おしまい）