∋月剴 （気分は 闇 のち 海） ボツ童話？号
「次は終点、海底タウンでございます。お出口は床側です。
お忘れ物ございませんよう、ご注意ください」
「はっ！ 降りなくちゃ！」
りょう君は電車で小学校に通っています。
朝は満員だから、眠ったりできません。でも帰りは座れるので、つい 居眠りしてしまいます。
「わっ！ 床が開いた！ ぼく、こんな電車に乗らなかったけど・・・」
買い物帰りのおばさんも 高校生のおねえさんたちも、いつものことのように降りて行きます。
りょう君も ホームに降り立ちました。
ひんやりとした風が ほっぺをなでます。
「こんな駅、知らない」
駅員さんがみつからないので、近くのおばさんに聞きました。
「海峡駅に行きたいのですが、どうしたらいいですか？」
「そんな駅、知らないねぇ。カレイのおまわりさんに聞いてごらん」
「カレイのおまわりさんですか？ どこに行けば会えますか？」
そのおばさんは、上を指さしました。
りょう君が見上げると そこは海で、魚屋さんの水そうみたいです。
と、いうより 水族館でした。
「す、すごい！ おばさん、ありがとうございました」
海の底なのに 光がいっぱいで、タイみたいな うす桃色の魚や、
うろこがキラキラしているイワシが群れています。
「カレイ、カレイ・・・平べったい魚だったよね、たしか。
あーあ、水族館なら 水そうのところに名前が書いてあって、すぐ見つけられるのにな」
ずっと見上げていると、首が疲れてきます。ぐるっと首を回してみました。
すると、おいしそうなものが 目に止まったのです。
腰を折り曲げて シュワッ、シュワッと動いているエビでした。
「へぇー、エビって あんなふうに泳ぐんだなー」
りょう君は 少しのあいだ、何もかも すっかり忘れて、海底を楽しんでいました。
「あっ！ あの魚 ペッチャンコだ！」
平らな魚を見つけて やっと思い出しました。
「あのぉ、カレイのおまわりさん！」
海の底をペタペタ泳いでいる魚に 話しかけました。
「わたしはヒラメだ。ヒラメの国会議員だ」
「ぼく、海峡駅に行きたいんですけど・・」
「そりゃ、地上の町だな。ここは 海底タウンだ。来週、海の大そうじが終わったら、
通れなかった地上行きの電車も開通する。そのときまで待ってるんだな」
「来週？ 大そうじ？ ぼく、今すぐ帰れないの？！」
「しかたないだろう。海が汚れているんだから」
「電車が通れないくらいですか？ ここから見上げていると、すきとおってて
とってもきれいなんですけど」
「あぁ、ひどいもんだよ。ここらへんの海は 海底タウンの駅の近くだから、
魚たちが いっしょうけんめいそうじしてるのさ。海を汚しているのは 地上の君たちなのに」
「ぼくたち？ ぼく、そんなこと・・・」
☆ ☆ ☆
「次は終点、海峡駅でございます。お出口は右側、六番ホームに到着いたします」
「はっ！ 降りなくちゃ！」
りょう君は あわてて電車から降りました。
「夢か・・・。夢だったんだ」
フォーッと 大きなため息をついて、りょう君は 走り出します。
「ぼくが 魚と話せるわけないし・・・」
☆ ☆ ☆
晩ごはんのとき、テレビでニュースを見ていると、海峡町の海岸が映りました。
たくさんのゴミや 木の枝で うめつくされています。
「むかしは きれいな砂浜だったのにね」
おかあさんが おとうさんに言いました。
「こんな海でも 海底タウンの魚たちは 生きていかなくちゃいけないんだ」
りょう君は だれにも聞こえないくらい小さな声でつぶやきました。
波打ちぎわで ビニールぶくろが ただよっているのが見えます。
よーくよく目をこらすと、水面には大ぜいの魚たちが！
「よぉーし、ここまでは オレたち、海底タウンの住民が 運んできた。
あとは 地上のヤツらの仕事だ。帰るぞ！」
ヒラメの国会議員の声が 聞こえたような・・・りょう君は そんな気がしました。
（おわり）
