『 のんちゃんと のんちゃん（上） 』
◇月Ω日 （気分は春がすみ） 日刊童話 第５号
『 のんちゃんと のんちゃん（上） 』
のんちゃんは 小学１年生。 なりたてのホヤホヤです。 （下につづく）
昨日は おかあさんといっしょに 入学式っていうのに行ったけど
今日から おかあさんは お留守番です。
朝、近所の 愛子ねえちゃんが 迎えにきてくれました。
『幼稚園のときはバスだったのに 小学生は歩かなきゃいけないのか〜』
なんて思いながら、ちょっと グズグズ おしたくしました。
「のんちゃん、いってらっしゃい！」 おかあさんが 背中のカバンを
ポーンとたたきながら 言いました。 のんちゃんは 転びそうになりながら
「い、いってきまぁ〜す」 と 手を振って、愛子ねえちゃんの
ところまで 元気に走っていきました。
☆ ☆ ☆
愛子ねえちゃんは 手をつないでくれました。 公園の近くまで来ると、
どこかの家の犬が ワワン！ワン！と ほえました。
愛子ねえちゃんの手は そのときだけ ギュッと 力がはいりました。
公園の桜は 花びらを降らせています。 のんちゃんはつぶやきました。
「あ、愛子ねえちゃんのカバンに 花びらが とまった。
おんぶしてるみたい・・・わたしも おんぶしたいなぁ」
愛子ねえちゃんは にこにこしながら 降ってくる花びらをつかまえて
「はい！ のんちゃんのカバンにも 乗っけたよ」 と 言いました。
「うわぁ〜！ ありがとう、愛子ねえちゃん！」
喜んで飛び上がろうとした のんちゃんに
「しずかに歩かないと、花びらが落ちちゃうよ」 と
愛子ねえちゃんは 言いました。
「のんちゃん！ 待ってくれよ〜！！」 うしろのほうで のんちゃんを
呼んでいる 男の子がいました。 知らない子でした。
☆ ☆ ☆
のんちゃんは 立ち止まって、首をちょっとかしげました。
とびっきりの笑顔で 待っています。 すると その男の子は
のんちゃんと 愛子ねえちゃんのそばを 走って通りすぎ、
前を歩いていた １年生の男の子に 話しかけました。
桜の花びらは 地面に着くのを いやがっているように ゆっくり落ちます。
「愛子ねえちゃん、あの子も のんちゃんなんだね」
のんちゃんは、やっと 口を開きました。 愛子ねえちゃんは 笑いながら
「そうみたいね。 のんちゃんったら ポカ〜ンとした顔してたよ」
と 言いました。 のんちゃんのほかにも のんちゃんがいることを
はじめて知ったのんちゃんは、前を行く 男の子の のんちゃんを
じっと見ていました。 愛子ねえちゃんは また、のんちゃんの手をにぎって
「さ、学校へ行こう！」 と 歩きだしました。
☆ ☆ ☆
のんちゃんは １年１組です。 自分の名前が書いてある席にすわると
まわりを 見回してみました。 みんな 落ち着かないので キョロキョロ
しています。 のんちゃんは おんなじ幼稚園だった ちーちゃんと
目が合ったので、手をふりました。 ちーちゃんは Ｖサインで こたえて
くれました。 先生が 教室に入ってきたので、 ふたりとも 前を向きました。
「みなさん、おはようございます」 「先生、おはようございます」
「じゃぁ、これから みんなの名前を ひとりひとり呼んでいくから
元気な声で お返事してくださいね」 「はぁ〜い！」
先生は 名前を呼んだあと、お家の人や お友達から どういうふうに
呼ばれているか、質問しています。 みんな 大きな声で答えています。
「さとう のりゆきくん！」 「ハイ！」 「さとう君は お友達から
なんて呼ばれていますか？」 「のんちゃんです」 「のんちゃんね」
のんちゃんは ハッとしました。 朝、後ろ姿だけ見かけた男の子です。
今まで 先生に呼ばれるのを 楽しみにしていたけれど、
急にドキドキしてきました。 あの のんちゃんと同じクラスだったとは・・・。
☆ ☆ ☆
「たなか のりこさん！」 「あ、ハイ！」
「たなかさんは お友達から なんて呼ばれていますか？」
「えっと・・・のん・・・のり・・・のりぴーです」
とっさに のんちゃんは 違うことを言ってしまいました。
ずいぶん前に いとこのお兄ちゃんに 一度だけ そう呼ばれたことが
あったのを思い出したのです。 先生は にっこり笑って
「のりぴーね。 先生も これからは のりぴーって 呼ばせてもらおう！」
と 言いました。 のんちゃんは 先生の目を見られなくて 下を向きました。
みんな 名前を呼ばれたあとは、学校の中の 探険です。
いい匂いのする部屋の前で 先生は 聞きました。
「のんちゃん、ここは なにをする部屋でしょう？」
「はい！ お昼ごはんを作るところです！」 元気いっぱい のんちゃんは
答えました。 みんな、ポカ〜ンとした顔をしています。
「のりぴー、先生は のんちゃんに聞いたのよ。 呼ばれたときに
答えましょうね。 じゃ、のんちゃん、ここは 何室っていうのかな？」
先生は 男子の のんちゃんのほうを見て 言いました。
「はい！ 給食室です！」 男子の のんちゃんが答えるのを
聞きながら、ますます のんちゃんは 下を向いてしまいました。
☆ ☆ ☆
「のんちゃん！ 起きなさい！！ 遅刻しちゃうわよ〜」
おかあさんが のんちゃんを 起こしにきました。
「学校に 行きたくなぁ〜い・・・きょうは お休みする」
のんちゃんは 幼稚園のときにも、こんな気持ちになったことはありません。
熱が出ても お友達と遊びたくて しょうがなかったのを覚えています。
「どうしたの？ 熱でも あるの？」 おかあさんは のんちゃんの
おでこに 手をあてて、 具合を見てくれました。 それから、
「元気、げんき！ ほれ！ さっさと おしたくしなさい。
愛子ねえちゃんが もうすぐ 誘いに来てくれるわよ」 と、
掛け布団を 引きはがします。 のんちゃんは しぶしぶ
起き上がると、 着替えはじめました。
☆ ☆ ☆
「のりぴー、これは なんでしょう？」
先生が 教室で のんちゃんに質問しています。
「のりぴー！ お返事しましょうね」 のんちゃんは ハッとしました。
「先生、 おなかが痛いです・・・」 元気のない のんちゃんを見て
先生も 心配そうです。 保健室に連れて行ってくれました。
「しばらく寝てみて おなかが痛いのが 治らなかったら、
おかあさんにお迎えに来て いただきましょうね」 保健室の先生が
言いました。 のんちゃんは うなずいてから 目を閉じました。
☆ ☆ ☆
「にせもの、のんちゃん！ あそぼ！！」 みんなが のんちゃんを誘います。
「ちがうもん！ わたし、本物の のんちゃんだもん！」
のんちゃんは 必死で みんなに向かって叫んでるところで 目が覚めました。
「あ、夢か・・・」 目じりを伝っていた涙をぬぐって、 起き上がってみます。
もう、おなかも痛くありません。 保健室の先生に のんちゃんは言いました。
「先生、もう だいじょうぶです。 教室に戻っても いいですか？」
「そう？ のんちゃんが 平気なら、いいわよ。 また、いつでも
いらっしゃいね」 保健室の先生は 優しく笑って 言ってくれました。
「あれ？ 先生、どうして わたしのことを のんちゃんって？」
「寝言で 言ってたのよ。 『わたし、本物の のんちゃんだもん！』 って。
のんちゃん、学校は 楽しいところだからね。 先生たちも み〜んな優しいし」
「はい！ 先生、わたし 今度は 休み時間に遊びにきますね」
「ど〜ぞ、ど〜ぞ。 病気になって来るより 遊びに来てくれたほうがうれしいわ」
のんちゃんは スキップしながら 教室に戻って行きました。
☆ ☆ ☆
「先生、おなか 治りました」 のんちゃんは 元気よく 言いました。
「よかったわね〜、のりぴー。 さ、席について。 お勉強を つづけましょう」
先生がそう言って 黒板のほうを 振り返りました。 のんちゃんは いったん、
席に着こうとしたけれど 考え直しました。 先生のそばへ行くと
「先生、あのね・・・わたし、ほんとは のりぴーって呼ばれていません。
うそをついて ごめんなさい。 わたし・・・わたし・・・」
ちゃんと あやまりました。 自分の気持ちを 先生に伝えられて
とても うれしいのに、涙が どんどん 出てきます。 ちょっと驚いた先生は
「えっ？！ のりぴーは のりぴーって呼ばれていないの？
それで 授業中、 元気がなかったのね。 気づいてあげられなくて
先生のほうこそ ごめんなさい。 勇気を出して 言ってくれて ありがとう」
と、 のんちゃんの頭をなでてくれました。 お友達のだれかが 聞きました。
「じゃぁ、なんて 呼ばれてるの？」 のんちゃんは 迷いました。
のんちゃんと呼ばれてること、言ってもいいのかな〜？ でも うそをついたことを
あやまったのだから、 これ以上 うそをついちゃダメだよね・・・。
のんちゃんは いろんなことを 考えています。 そして やっと答えました。
「のんちゃん・・・」 小さい 消えそうな声でした。 男子の のんちゃんが
「ぼくと おんなじだ！」 と にこにこしながら 言いました。
「おんなじで いやじゃない？」 のんちゃんが聞くと すぐに答えが返ってきました。
「うれしいよ。 『のんちゃんず』 じゃん！」 「のんちゃんずかぁ・・・」
のんちゃんと のんちゃんは、 のんちゃんでよかったと思いました。
☆ ☆ ☆
その日から のんちゃんたちの呼ばれ方が かわりました。
「さとう のんちゃん」 と 「たなか のんちゃん」 です。
ちょっと 長くなってしまったけど、 のりぴーって呼ばれるよりも 何倍もいいと
のんちゃんは 思いました。 それに 『のんちゃんず』 は 学校から
いっしょに帰ることが多くなって、 とっても 楽しいのです。
「ねぇ、 ちょうちょを 呼び止めるとき、 なんて言うか 知ってる？」
「わかんないや。 教えて！」 「ちょうちょ・・・ちょっちょ・・・ちょっと！」
「苦しいクイズだね。 もう ちょうっちょだ！ アハハハハ」
「あ、 さとう のんちゃんのほうが おもしろい・・・」
「これって、 テレビなんかでやってる 漫才みたいだと 思わない？」
「そう言われてみれば そうね」 「ぼくたち、 漫才コンビみたいだね」
「いらっしゃいませ〜。 たなか のんちゃんです！」 「さとう のんちゃんです」
「二人合わせて 『のんちゃんず』 でぇ〜す！」 最後に 声をあわせて言ったあと、
大笑いしました。 公園の桜の花は すっかり散ってしまったけれど
『のんちゃんず』 は、これから 何かが始まるような気がしました。
