☆月◎日 （気分は快晴） 入選童話１号
はな毛って、空気が汚れているほど よく伸びるって知ってた？
ぼくの家の近くには、小さい工場がたくさんならんでいるので、
洗たく物も風向きしだいでは、うす黒くなってしまう。
ときどき、苦しそうに咳をする友達もいる。ぜったい、空気は汚い。
ぼくの はな毛は、どうなる？
☆ ☆ ☆
天気のいい日が続いていた。セイタカアワダチ草が、ぼくの背より
よっぽど高くなって、あたりの空気はモヤッとむし暑かった。
口のまわりがこそばゆい感じで、鼻もムズムズ、クシャミが
したくなったぼくは、おひさまを細目で見た。
「エックション！ あ〜、すっきりした」
と言いながら、鼻の下を人差し指でこすったとき、ぼくのおでこの
汗はス−ッと冷えていったと思う。はな毛が下くちびるの少し下まで
伸びていた。３センチはありそうだ。
８年間のぼくの人生の中で『はな毛部門』最長記録となる。
☆ ☆ ☆
次の日は あごの下、その次の日は おへそのへんまで伸びてしまった。
切っても切っても、いや、切れば切るほど伸びるので、
「こうなったら、どこまで伸びるか挑戦だ」
という気分になった。
ぼくのまわりの人たちも、本当は、はな毛でこまっているらしいけど、
いろいろ工夫をしていた。
毎日ハサミで切ったり、いつも空気のきれいな部屋の中で生活したり・・・。
だけど、だれもこの町をきれいにする努力はしなかったんだ。
☆ ☆ ☆
日曜日に、おとうさんと魚釣りに出かけたぼくは、はな毛を釣り糸がわりに
してみたくなった。
輪ゴムでたばねておいた はな毛をほどいて、さきっぽに釣り針を
結びつけた。
エサは小エビにして、大きなタイをねらう。わくわく半分、びくびく半分で、
ゆっくりと海の中に はな毛をたらしていったら、とんでもないことが
おこった。
☆ ☆ ☆
空気は汚れている。それは海も同じだった。この港の岸壁には、
家庭ゴミや、釣り用品や、枯れた草みたいなものが、波で集められて
ただよっている。
はな毛は、すごいスピ−ドで伸びはじめた。さきっぽの小エビは、
沖の方へ流れていったみたいだ。
そろそろ、はな毛をたぐり寄せて、エサをつけかえようかなと思ったとたん、
グッとあたりがきた。
はな毛が抜けそうなくらい強い引きだ。ぼくは、海に引きずり込まれた。
ザッブ〜ン＝@おとうさんに何も言う暇がなかった。
☆ ☆ ☆
「バカなことは、やめとけ。ちゃんと竿で釣れ」
と言われたときに、なんで言うことをきかなかったんだろう。
今日の晩ごはんは何だろう。このまま、ぼくがいなくなっちゃったら、
みんなの笑い者だな。
いろんな思いが頭の中を行き来した。その間も、ぼくは はな毛に
引っぱられて、南の方へ進んでいた。
☆ ☆ ☆
ぼくの小エビはアジのエサになり、そのアジは イルカに食べられた。
だから、ぼくは今 イルカに引っぱられているのだ。
だんだん暑くなって、頭がジリジリ、いまにも燃えだしそうだったので、
少しの間、潜った。
サメの三角背ビレが、音もなく近づいているのに、ぼくは のん気に
タコのまねをしたり、クラゲみたいにフワフワしたりしていた。
浮き上がって、ラッコの貝割りポ−ズ！≠したら、目の前に、
三角背ビレがあった。
☆ ☆ ☆
「たすけて〜」の声は「ブグボゴ〜」にしか聞こえなかった。
もうだめだ。足は まだあるかな。今日の晩ごはんは何だろう。
このまま、ぼくがいなくなっちゃっても、何にも残らないなぁ。
また、いろんな思いが頭の中を行き来した。その時、とんでもないことが、
おこったんだ。
☆ ☆ ☆
ぼくのからだはサメよりも速く、何かの力に引っぱられていた。
イルカがこんなに速いわけはなく、ぼくは何がなんだかわからなかった。
サメから身を守ってくれたのは、ぼくの はな毛だった。南の美しい
海のおかげで、はな毛は ハイスピ−ドでちぢんでいったのだ。
イルカの背中で、ぼくは命の恩人の はな毛を抜いた。
ちょっと痛かったけど、南の海は光っていた。
（おしまい）
