＊月◇日 （気分は カミナリ のち にこにこ〜♪） ボツ童話？号
「きょうから 版画を作ります」 陽子先生が説明をはじめた。 さっちゃんは
図工が嫌いだ。 いっしょうけんめい描いても じょうずだねって言われたことがないから。
校庭は おひさまの光があふれ、さっちゃんを誘惑する。 版画を作るより、
外で遊んだほうが どんなにか 楽しいだろう。
「まず、板に下絵を描いていきましょう。 文字などは左右反対に描かないと、
刷ったときに 逆になっちゃいますからね。 気をつけて」
☆ ☆ ☆
二組は 体育で、準備体操をはじめていた。 きっと ドッヂボールをするんだ。
さっちゃんは ぼんやり外を見ていた。 陽子先生が、そばに来ているのも気づかずに。
先生は、さっちゃんの頭を両手で抱えると 黒板の方へ向きを直した。
「先生は こっちにいるんですけどぉ」 先生のまゆ毛が ピクッと動いたのを見て、
さっちゃんは、ツバをゴクっと飲み込んだ。
「じゃ、描きはじめて！ お友達と向かい合って、よ〜く見て描くんですよ」
さっちゃんは ゆいちゃんの横顔を描くことにした。 画用紙に向かうと、
なぜかちっちゃい絵を描いてしまう。 だけど 板に描くって、なんだか
落書きしてるみたいで楽しそう。 図工の時間が あっという間にすぎていった。
「来週は 彫刻刀で彫りはじめます。 きょうは、ここまで。 かたづけましょう」
☆ ☆ ☆
次の図工の時間は よそ見しているヒマがなかった。 三角刀で注意深く彫っていく。
ゆいちゃんの横顔に光があたって、服にも顔にも 明るい部分がある。
三角刀だけでは うまく描けないことに気がついて、さっちゃんは 平刀で線の内側を
少しずつ削ってみた。 服のしわも よく見て彫った。
「来週は いよいよ刷ってみましょうね。 どんな作品に仕上がるか、楽しみです」
さっちゃんも 待ち遠しかった。うまくできているような予感がしたから……。
☆ ☆ ☆
ついに 版画を刷る日がやってきた。 ローラーにインクをつけて、ゴーロゴロ転がすと
インクのにおいが 教室にひろがっていく。 さっちゃんは 用心深く紙を置いて、
バランで こすりはじめた。 はしっこをちょっとめくって、刷りぐあいを確かめる。
なかなか、いいみたい。 さっちゃんの顔の筋肉が 思わずニマッとゆるむ。
そぉ〜っと紙をはがした。
「陽子先生！ できましたぁ〜」
「まぁ！ よくできたわねぇ〜、さっちゃん」
図工で 陽子先生にほめられたのは、初めてだ。 でも 次に先生が言ったのは、
「でも、さっちゃん、よく見て！ ゆいちゃんは 左ききじゃないでしょ？
エンピツを持ってる手が 反対だわ……作り直しね」
「ゆいちゃんは 左ききだった！ってことにしちゃぁダメですか？」
「先生は、左右が逆になるから 気をつけるように説明したでしょ？
いつも最後はいい加減になっちゃうんだから……。 今回はバシッと決めてみましょ！」
☆ ☆ ☆
その日の放課後、さっちゃんは 版画板のうら側に 下絵を描き直しはじめた。
いいじゃん！ 逆になってたって！ 陽子先生のいじわる！
さっちゃんは そんなことばっかり考えて、あまり手が動かなかった。
「もう、下校の時間になっちゃったわね。 つづきは、おうちでやってきなさい」
さっきほめてくれた陽子先生とは、全然違う人のようなきびしい口調だった。
家に帰ってからも さっちゃんは、先生のいじわる、陽子先生のいじわる…と
何度もくりかえして ブツブツ言った。
☆ ☆ ☆
右ききのゆいちゃんができあがったのは、一週間後だった。 陽子先生は
「よしよし、これでよし」 と、言っただけで その紙を持って急いで職員室に
もどって行った。 陽子先生のいじわる……さっちゃんはまた 心の中でつぶやいた。
あれから 一ヶ月くらいたっただろうか、
陽子先生が みんなの前で、さっちゃんに賞状を渡した。
「さっちゃん、おめでとう！ 県のコンクールで さっちゃんの版画が、
銀賞を受賞しました。 みんな、さっちゃんに拍手〜」
さっちゃんは 賞状もうれしかったけれど 陽子先生の笑顔を見て、ホッとした。
先生がさっちゃんに描き直しをさせたのは、いじわるな気持ちからじゃ
なかったのかな？ さっちゃんは、よくわからなくなった。
☆ ☆ ☆
そして その疑問は、先生からの年賀状で 一気に解決した。
『あけまして おめでとう
さっちゃん、版画では ほんとうに よく
がんばったね。いい作品だったので、少し
きびしいことを言ってしまいました。
さっちゃんのあの版画は、ずっと 先生の
たからものにします。』
さっちゃんは 陽子先生からの年賀状をずっとずっと、たからものにしようと思った。
（おわり）
