※月◇日 （気分は 犬のお散歩日和） 日刊童話４号
「ただいま〜」 「あっ！ おとうさんだ。 おかえりなさぁ〜い」
ぼくと いもうとのミカは さきを争うようにして 玄関まで 走って行く。
おとうさんは かばんを放り出して、ミカを抱っこするんだ、いつも。
ぼくは 仕方ないから、かばんを拾って おとうさんのお尻を押しながら
居間まで シュッシュッ、ポッポ！ って 進んで行くんだよ、毎日。
でも、きょうは 違った。 おとうさんは ぼくたちが走って行っても
ミカを抱っこせずに ぼくの頭をなでながら、いっしょに入ってきた男の人に言った。
「うちの長男ぼうずの ショウだ。 こっちは うちのお姫様、ミカ」
「はじめまして！ おにいちゃんは おとうさんのおともだちのケンです」
その男の人は ぼくの手をにぎって言った。 そして ミカを抱っこした。
おとうさんは 右手にかばんを持ったままで ぼくを ヒョイッと 左腕で抱っこしてくれた。
おとうさんのおともだち・・・ケンさんか〜。 ケンさんのおかげで ぼくは ひさしぶりに
おとうさんに抱っこしてもらえた。 なんだか ケンさんのことが 好きになった。
ミカは はじめて会った人に あんなにおとなしく抱っこされたことなんて ないんだよ。
いつもは 大泣きするくせに・・・。 ミカも ケンさんのことが 好きになったのかな？
居間まで行くと ケンさんは、ミカを抱っこしたままで おかあさんとも 握手した。
みんな 初めて会った人とは思えなかった。 おとうさんは おかあさんに
「一杯やりたいんだ。 したくをしてくれ」 って言ってた。 お酒を飲むのか〜。
それじゃぁ、遊んでもらえないな。 ぼくは ミカと テレビのつづきを見ることにした。
☆ ☆ ☆
おとうさんたちは ウーロン茶色の お酒を飲みながら、お仕事の話をはじめた。
ぼくには さっぱりわからない言葉だった。 だんだん ケンさんの声が大きくなって、
身振り 手振りも くわわってきた。 おとうさんは ちょっぴり 考え込んでるみたい。
腕組みをして ケンさんの話を 聞いていた。 お酒の入ったグラスを持ったまま
両腕を開いたケンさんは お酒を ソファにこぼしてしまって、
「オーマイガー、 ごめんなさい、奥さん」 と おかあさんにあやまった。
「気になさらなくて いいのよ」 おかあさんが 雑巾でふきながら 笑いかけている。
ぼくが ミルクをこぼしちゃったときは あんなに ニコニコしてなかったよ！
でも そのことがきっかけになって、ケンさんが ぼくに 話しかけてくれた。
「ショウ！ミカ！ カモ〜ン！！ 遊びましょう」 なんだろう？ 遊んでもらえるのかな？
僕は ケンさんの そばに座った。 ミカなんて、ケンさんのひざの上に ちゃっかり
座っちゃってるんだ、まいったなぁ〜。 ぼくたちの頭を クシャクシャになでたあとで
ケンさんは ポケットから コインを１枚取り出して、右手で にぎった。
両手のにぎりこぶしを 前に突き出して、ぼくたちに聞いたよ
「コインは どっちだぁ〜？」 って！ そんなの 右手に決まってるよね。
ぼくは 自信をもって ケンさんの右手を 指さした。 ミカは 首をかしげながら左を。
「はぁ〜い、ＯＫ！ どうかな？」 ケンさんが 左手を開いて見せた。 からっぽだ！
やっぱり 右手 だっただろ？ ぼくは うれしくなって ケンさんの右手を
開いてみた。 あれ？！ こっちにも 入ってない！！ どこにいっちゃったの？コイン！
「おやぁ〜、どっちにも ないねぇ〜。 あっ！ こんなところに！」
ケンさんは そう言って、ぼくのシャツの 胸ポケットから コインを出したんだ！
「すごい！ 魔法みたい！！」 ぼくが おどろくと、 ケンさんは 大声で笑った。
☆ ☆ ☆
「もう、遅いから きょうは 泊まっていくといい」 おとうさんが ケンさんに言った。
「ありがとうございます。 お言葉に甘えて・・・」 ケンさんは ペコリとおじぎした。
「ケンさん！ 朝食は パンかしら？ それとも ご飯？」 おかあさんが聞くと、
「ご飯と 味噌汁！ 最高ですよ。 あ・・・ぼくは 納豆も大好きです」 と 答えていた。
納豆が大好きって言うケンさんを またまた 尊敬してしまった。 ぼくは 苦手なんだもん。
次の日の朝、ぼくより早く ケンさんは起きていた。 鼻歌を歌いながら 納豆をかきまぜてた。
すごく楽しそうなので ぼくも やってみたくなって、おかあさんに 少しだけもらった。
ケンさんのマネをして フフフン♪フフフフ〜ン♪ と 歌いながら グルグル 箸を回す。
この匂いさえ好きになれたら すてきな食べ物だ、納豆って！ そう思いながらグルグルした。
ぼくとミカは いつも 会社に出かけるおとうさんに 幼稚園まで送ってもらう。
おとうさんの右手に ミカがつかまり、ぼくは 左手をにぎって、いろんなお話をしながら。
だけど きょうは ケンさんもいっしょ！ もちろん ぼくが ケンさんと 手をつないだ。
どんな おもちゃで遊んでるかっていう話をしていたら、ケンさんは ヨーヨーの名人だって
教えてくれた。 きっと 魔法を使って なんでもできちゃうんだな〜。
こんど遊びにきてくれたときに 難しい技を 見せてもらう約束をした。
「ゆ〜びきり げんまん！ うそついたら ハリ千本、の〜ます！！」 幼稚園の門のところで
ぼくとミカが ケンさんと ゆびきりげんまんをしていると、おともだちのお母さんたちが
ジロジロと見て行く。 楽しそうにしてたから 仲間に入りたかったのかなぁ？
☆ ☆ ☆
「ただいま〜」 「あっ！ おとうさんだ。 おかえりなさぁ〜い」
ぼくとミカは いつものように さきを争うようにして 玄関まで 走って行く。
おとうさんは かばんを放り出して、ミカを抱っこした。 ぼくは かばんを拾って
おとうさんのお尻を押しながら シュッシュッ、ポッポ！ って 進んで行った。
「おとうさん、外人って なあに？」 「うん？ なんだ、いきなり」 おとうさんが
立ち止まったので、ぼくは 思いきり おとうさんの背中に 頭をぶつけてしまった。
「おともだちが 幼稚園で ぼくに言うんだ 『おまえ、外人とゆびきりげんまんしてたな』 って。
ぼくが ゆびきりげんまんしてたのは ケンさんだよね〜。 外人さんじゃないのに・・・」
おとうさんは ぼくを ソファに座らせて、となりに 並んで座った。
「ショウは なに人だ？ 日本人だよな。 外人っていうのは 日本人が、日本以外の国の
人のことを言ってるらしい。 だけど それは 日本人を基準に・・・ん？ ちょっと
むずかしいか？・・・ショウにとって おとうさんや おかあさんや ミカは 家族だろ？
家族や親戚じゃない人のことを 他人って言うんだ。 ともだちは他人だ。
でも、ショウにとっては 他人じゃなく、ともだちだ。 たとえばなしが おとうさんは
ヘタくそだな〜。 ショウにとっては ケンさんは 外人じゃなく、ケンさんなんだ。
ショウ！ おまえの考え方は 正しいぞ。 これからも ひとりひとりと ちゃんと
向き合って生きていけ！！」 おとうさんの話は 半分くらいしか わからなかった。
ぼくは ほめられてるみたいだ。 ケンさんは 外人じゃなくて ケンさん！
それでいいってことは わかった。 おとうさんが ぼくのことを見つめて話してくれたのが
とってもうれしくて、首にしがみついた。 ミカまで おとうさんに飛びついてきた。
「おとうさん、ありがとう〜」 「おぅ！ 風呂に入るか！！」 「やったぁ〜〜！」
☆ ☆ ☆
土曜日、幼稚園はお休み。 お休みの日にかぎって 早起きしてしまう。 たいくつな朝・・・。
こういうときは おとうさんたちの寝室に ミカといっしょに 攻め込んで行くんだ。
「行くぞ！ ミカ」 「うん！」 「ミカは 窓のほうから ベッドに飛び込め！」
「え〜っ！？ 窓の外？ 落っこちちゃうよ〜」 「違うよ、ベッドの向こう側からってこと」
「な〜んだ。 わっかりましたぁ〜、隊長！」 ちょっと頼りないミカ隊員といっしょに
おとうさんの寝室へ 入っていった。 ライオンのうなり声のような音がしている。
「ミカ、 ライオンは あそこだ！ 押さえ込むぞ！！」 ぼくが ベッドの左側から
おとうさんの上に 飛び乗った。 ミカも 右側から 飛び込んできた。 ゴッツン！！
「いたぁ〜〜〜い！ うわぁ〜〜〜ん！！」 「いってぇ・・・あぁ〜ん」
ミカの頭と ぼくの頭が おとうさんのお腹の上あたりで ぶつかって、ふたりとも 大泣き。
イビキをかいて 眠っていたおとうさんも これにはビックリして むくっと 起き上がった。
「どうした？ ショウ！ ミカ？！ 頭、打ったのか？ わぁっはっはっは・・・」
おとうさんの笑い声は ぼくたちの泣き声より大きい。 ミカが ポカ〜ンと口をあけて
笑っているおとうさんを見ている。 ぼくは そんなミカの顔を見ている。
「おぅ！ 泣き止んだな。 じゃぁ、寝る・・・」 おとうさんは また 寝転んだ。
「やだぁ、おとうさん、遊ぼ！」 「起きてぇ〜、遊んでよぉ〜〜」 ぼくたちが言うと、
「もうすぐ ケンさんが来るから、遊んでもらえ！ なっ！」 と、布団をかぶった。
ピンポーン！ 玄関のベルが鳴った。 ぼくと ミカは 顔を見合わせて ニコッとした。
「ケンさんだぁ〜〜！」 「急げぇ〜〜！！」 玄関へ行くと ケンさんが 立っていた。
「おはよう！ ショウ、ミカ！」 「ケンさん、いらっしゃ〜い！」 「ヨーヨーは？」
「もっちろん、持ってきましたよ〜。 カミキリげんまん、したでしょ？」
「ケンさん、カミキリじゃないよ、ゆびきり！」 「あはははっ！ そうでした」
☆ ☆ ☆
ぼくと ミカは、ケンさんの手をひっぱって リビングまで 連れて行った。
「ケンさん！ ヨーヨー、見せて！」 「やってみて〜。 早く、早く〜」
「わかった、わかった。 わかったから、順番にしゃべって！」
ケンさんは 困っているような、笑っているような、そんな顔で ぼくたちに言った。
それから、ゆっくり バッグの中をのぞきこんで ２つのヨーヨーを取り出した。
「うわぁ〜、ヨーヨーだ！ ケンさん、なぜ ２つあるの？」 ぼくが聞くと、
「それはね・・・」 と 言いながら、右手の中指にヒモのわっかを通し、
左手も同じように準備した。 ぼくたちは じっと それを見ていた。
「いいかい！ ヨーヨーをするときは まわりに 人や物がないかをたしかめて。
ヨーヨーを見るときは その人のそばにいかないように注意してね。 じゃ、やるよ」
ケンさんが 両手をかわりばんこに 前へ振り出すと、 ヨーヨーは 大きな円を
描いて前から後ろへ まわりはじめた。 ミカが そのヨーヨーに 飛びつこうと
したので、ぼくは あわてて ミカの手を引っ張って 言った。
「ここで おとなしく見てなきゃ、あぶないんだ！ わかったか！？」
「じゃぁ 次は ブランコ！」 ケンさんは 左手の赤いヨーヨーをはずして
ミカに手渡した。 ミカは うれしそうに ギュッと両手でにぎっている。
ケンさんが ヨーヨーを下へおろすと、クルクル回転しながら その位置でピタリと止まった。
そして ピョコっと 手を上にあげただけで それは 思い出したかのように
動き出し、シュシュッと ケンさんの手の中に もどっていった。
もう一度、下に落として ヨーヨーを停止させると、今度は ひもで
三角形を作りながら たぐりよせて、三角形の中のヨーヨーを 前後に振った。
「ほんとだ〜。 ブランコみたい！」 ぼくも ミカも 拍手しながら叫んだ。
「次は 犬のお散歩ね〜」 ケンさんは 下におろしたヨーヨーを 床につけると
ヨーヨーと お散歩をはじめた。 ぼくたちは ほんとに ヨーヨーが
生きてるんじゃないかと思ったほどだ。 拍手するのを忘れていた。
「すごい、すごい！ そのヨーヨー、かわいいね〜。 いっしょに お散歩したい！」
ミカは ピョンピョンはねながら 喜んでいる。 ケンさんは ミカが
あんまりはしゃぐので 何度もくりかえして 犬のお散歩をやって見せてくれた。
お散歩のとちゅうで 左手をピストルがわりにして
「バーン！」 と 撃つと、ヨーヨーは コテッと 横に倒れた。
「オーマイガー！」 ケンさんが そう言うのと同時くらいに ミカが悲鳴をあげた。
「キャー！ 死んじゃった！！ ヨーヨーが バーン！って！！ うわぁ〜〜ん」
なにが起こったのかと おとうさんが 転がるように 二階から降りてきた。
「どうした！？ ミカ！！」 と、まくらを振り上げながら キョロキョロしている。
☆ ☆ ☆
「おぉ〜、ごめんなさい！ だいじょうぶなんだよ、ホラ！！」
そういうと、ケンさんは 手首をピクッと動かして ヨーヨーを手の中にもどした。
「死んでない？」 ミカは 駆け寄った。 ボクも ケンさんの手の中をのぞきこんでみた。
「あぁ、元気モリモリさ。 見てなよ・・・」 ケンさんは ヨーヨーを
背中のほうから 股の下をくぐらせて 前にころがし、ヒョイと引っ張った。
すると ヨーヨーは パクッと ケンさんのズボンにかみついた。
「あいたたた、ごめんよ、ヨーヨー！ もう ピストル、バーンなんてしないからさ」
ケンさんは あやまっている。 ミカは また 泣きそうな顔で 言った。
「ヨーヨーさん、ケンさんをゆるして！ ほんとは とってもやさしいのよ！」
ぼくは ケンさんを助けに行った。 ヨーヨーをつかんで スボンから引き離したんだ。
「ケンさん、もう痛くない？」 心配して聞くと、 ケンさんは ぼくとミカの頭をなでながら
「いじわるしたから、しょうがないね・・・もう、あんなことしないよ」 と言った。
おとうさんは ずっと まくらをかかえたままで見ていた。 しかも パジャマ姿で！
「ショウ！ ミカ！ ビックリしたか？ おとうさんも おどろいちゃったよ」
「も〜、おとうさんったら そんな格好で・・・着替えてらっしゃい！」
おかあさんの口まねをして、ミカが おとうさんのお尻を押した。 元気を取り戻したようだ。
ケンさんは 青いヨーヨーのひもを 指からはずして ぼくに 差し出した。
「さっきの 赤いヨーヨーはミカに、そして これは ショウに プレゼントするよ」
「え〜っ！？ ほんと！ やったぁ〜〜！！」 ぼくたちは 声をそろえて お礼を言った。
「ケンさん、どうも ありがとう！」 青いヨーヨーは ぼくの手の中で光っている。
コンコンッと 突っついてみた。 勇気を出して ヨーヨーのすきまに 指を近づけた。
「なにやってんの？」 ケンさんが ぼくに聞いたので、まじめに 答えた。
「また、かみつくんじゃないかと思って、用心してるの・・・」
☆ ☆ ☆
「ただいま〜」 「あっ！ おとうさんだ。 おかえりなさぁ〜い」
ぼくとミカは いつものように さきを争うようにして 玄関まで 走って行く。
おとうさんは かばんを放り出して、ミカを抱っこした。 ぼくは かばんを拾って
おとうさんのお尻を押しながら シュッシュッ、ポッポ！ って 進んで行った。
「おとうさん、ぼくね〜犬の散歩ができたよ！」 「うん？ うちに犬、いたっけ？！」
おとうさんが立ち止まったので、ぼくは おとうさんの背中に 頭をぶつけてしまった。
「ヨーヨーの技だよ！」 「あっ、あれかぁ〜。 え？ ショウはもうできたのか！？」
あんまり おとうさんがおどろくので、ぼくは 見せてあげるこにした。
青いヨーヨーを 下に落として、その位置で止める。 床にヨーヨーをつけながら
前に歩いていくと 散歩をはじめた。 ミカが 手をたたいて よろこんでいる。
「おにいちゃん、すごいすごい！ ケンさんみたい！！」 おとうさんは ポカンとした顔で
「ショウ・・・い、いま ほんとに おまえがやったよな〜？」 と 言った。
ぼくが もう一度やって見せると、今度は ちょっとおおげさに 頭をかかえながら
「オーマイガー！ なんて すばらしいんだ、ショウ！ こんど ケンさんが来たら
そのうで前を 見せてやれ！」 って言って、ギュウっと 抱きしめてくれた。
「ケンさんは いつ来るの？」 ミカも おとうさんに しがみつきながら聞いた。
「つぎの土曜日って言ってたかな〜？ いっしょに でかけるんだ！」
「え〜！？ どこに？」 「それは 土曜日まで ヒ・ミ・ツ！」
「え〜！？ おとうさんのケチ！ ちょっとだけ、ヒント！！」 ぼくたちが
手を合わせて お願いしてるのを見て、おとうさんは 腕組みしながら言った。
「う〜ん、どうしようかな〜？」 「ヒント、ちょうだい、ちょうだい・・・」
「ヒントは これさ！」 そう言うと、思いっきりボールをけるマネをした。
☆ ☆ ☆
待ちに待った土曜日、ケンさんは おとうさんが起きる前にやってきた。
もちろん、ぼくとミカは もう遊んでいたから、玄関で ピンポーンと鳴ったときには
さきを争って、出迎えに走っていった。 ケンさんは サッカー選手のような服を着ている。
「ケンさんって サッカー選手？」 ぼくは おはようのあいさつよりさきに 聞いてしまった。
「あははははっ、このユニフォームを見て そう思った？ ショウと ミカのぶんもあるんだ」
ケンさんは 持ってきた袋の中から、小さなユニフォームを取り出して ぼくたちに見せた。
「やったぁ〜！！ ケンさん、これ カッコいいね〜」 ぼくが 大喜びしているそばで、
ミカは ちょっと 不満そうだった。 ケンさんが 心配そうに たずねた。
「ミカ、どうしました？」 「わたし、黄色よりも 赤いのがよかったな〜」
「おぉ！ そうでしたか〜。 でも これ、ミカに よく似合ってるよ〜。 チャーミング！！」
そう言われては ミカも 着てみないわけにはいかない。 カガミをのぞきながら
「ケンさん、ありがとう〜。 とっても かわいいわ！ わたし、これ 好きよ」
おとうさんが ２階から下りてきた。 黄色い３人組を見て いっしゅん、あとずさりして、
「わわっ！ なんだぁ〜？ ブラジルのサポーターかぁ？ あ、ケン！ あれも たのむぞ」
と おとうさんは ケンさんにウインクした。 あれって なんだろう？？
ぼくと ミカは ソファに おとなしく座っていなくちゃいけなかった。
「ちょっとだけ 動かないでね！」 そう言って ケンさんは、バッグの中から
色えんぴつのようなものを 取り出した。 ぼくとミカの顔は ケンさんに落書きされた。
「キャハハハッ！ おにいちゃんの顔に サッカーボールが かいてあるよ！」
ミカが ぼくの顔をみながら 足をばたつかせて笑った。 そういうミカだって・・・。
「じゅんびＯＫ！ さぁ、スタジアムへ レッツ・ゴー！！」
ケンさんのかけ声につづいて、ぼくと ミカも 大きな声でさけんだ。
「れっつ、ごぉ〜〜！」 「おにいちゃん、スタジアムって どこ？」 「さあ・・・」
ぼくたちの そんな会話を聞いて、 ケンさんは カクッと ずっこけて、
「まっいっか。 行けば わかるからな・・・」 と ぼくたちの頭を なでてくれた。
☆ ☆ ☆
スタジアムっていうところは 人がいっぱいだった。 ぼくは これまで こんな
たくさんの人を 一度に見たことがない。 幼稚園の 入園式も 多いと思ったけど
そんなの くらべものにならなかった。 ぼくは 迷子にならないように
おとうさんのユニフォームを ぎゅっとにぎった。 ミカは ケンさんに かたぐるまを
してもらって ごきげんだ。 ぼくたちは おんなじユニフォームを着た人たちに
押し流されながら、やっと いすに座った。 ケンさんは すぐに まわりの人たちと
楽しそうに 話はじめていたけど、ぼくには さっぱり わからなかった。
ぼくも ああいうことばを勉強したい！ そして ケンさんのように、
まだ 見たこともない国に行って おともだちを増やすんだ！・・・そんなこと、考えた。
試合は 黄色のユニフォームのチームが ２点入れて、勝った。 シュートが決まるたびに
ぼくたちのまわりの人は ものすごい声で 喜んだ。 ぼくの前の席に座っていた
知らないおじさんが いきなり 手をにぎってきた。 頭も くしゃくしゃに なでられた。
ミカなんて おどろいて 泣きだしちゃったんだよ。 サッカーのことは よくわからないけど
おまつりみたいで、とっても楽しかった。 帰り道、ぼくは ケンさんに お願いした。
「ケンさん、また サッカーの試合に 連れて行ってね！」 すると、ケンさんは言った。
「う〜ん、そうだね・・・じつは・・・ショウと ミカに お話しなければならないことが」
☆ ☆ ☆
ミカは 疲れて、おとうさんに おんぶしてもらっていた。 ケンさんが ミカの顔を
のぞきこむと、かわいい寝息が聞こえた。 ホッペを突っついても 起きなかった。
ケンさんは、しょうがないっていうように 首をすくめて ぼくのほうを見た。
「ミカは 寝ちゃったけど、ショウには ちゃんと お話しておきましょう。
おにいさんは 明日、日本と バイバイしなければなりません。 ショウとミカの
おかげで 楽しい思い出、いっぱいできました。 サンキュ〜、ありがとう、ショウ！」
ケンさんは そう言って、ぼくを ぎゅっと抱きしめた。 ぼくは（行っちゃいやだ）と
泣きたかったけど グッとこらえた。 おとうさんが 心配そうにぼくの顔を見ていた。
「また、会える？」 ぼくの声は ふるえていたかもしれない。 ケンさんは
「それは わかりません。 でも ショウが ひとりで飛行機に乗れるようになったら
ぜひ、遊びにきてくださいね。 おもしろいもの、ごちそうするよ！」 と言った。
「ケン、それを言うなら おいしいものだよ」 おとうさんは ケンさんにツッコミを入れた。
笑おうとしたぼくの目から なぜだかわからないけど 涙が出てきた。
「ケンさん！ ぼく さみしいよ。 いやだよ、どこにも行っちゃぁ・・・」
☆ ☆ ☆
つぎの日の 朝早く、ミカがまだ 眠っているうちに ぼくは おとうさんと
空港に行った。 ケンさんを 見送るためだ。 おとうさんは 空港まで来なくても
いいって言ったけど、ぼくは どうしても ケンさんと もう一度 会いたかった。
だって 昨日のぼくは ちょっと カッコ悪かったんだ。 大きな声で 泣いちゃって。
空港で、ケンさんは 待っていてくれた。 はじめて ぼくの家に来た時のように
スーツで ビシッと 決めていた。 あたりを キョロキョロと 見回して
「ミカは どこ？ おるすばんですか？」 と ケンさんは 聞いた。
「ミカのやつ、まだ 眠ってたから おいて来たんだ。 連れてきても きっと泣くし」
ぼくは ちょっと おにいさんっぽく 言った。 ケンさんは 笑いながら
「ショウ！ カミキリげんまんしましょう！ また、きっと 会うことを・・・」 と言って、
小指を立てた。 また、間違えてる。 ぼくは 小指を ケンさんの小指にからませてから
「ケンさん、カミキリじゃなくて ゆびきりげんまんだよ！」 と 教えてあげた。
「おぉ！ そうでした。 ゆびきりね！」 ケンさんは 頭をかいた。
「ゆ〜びきり げんまん！ うそついたら ハリ千本、の〜ます！！」
おとうさんの お友達 ケンさんは、ぼくの 大切な友達だ。
（おしまい）
