『 こんな風に・・・ 』◎月▽日 （気分は 波浪注意報 のち 春風） 日刊童話３号
『 こんな風に・・・ 』
風になりたいと思ったことが ありますか？
のんびりと 流れていればいい・・・気楽でいいなぁ〜と。
わたしは 風です。
だけど のんびりなんて とんでもない。 休むことが できません。
止まってしまうと 風じゃなくなっちゃうから・・・。
☆ ☆ ☆
白い森を抜けると、原っぱに出ました。 おや？ この前 通り過ぎたときは
たしかに 原っぱだったのに・・・。 小さく輪を描くように 駆け回ってから、
高く 舞い上がってみました。 ここは 駐車場のようです。
近くに スキーのジャンプ台があります。 口笛や 歓声が、 空まで
聞こえてきました。 わたしも あの大きな滑り台で 遊んでいきましょう。
ヒュ〜！ しぜんにスピードが 上がっていきます。 気持ちいい！
フワッ！と 浮き上がったかと思うと、一気に 歓声のする方まで
走り抜けてみました。 よし！ もう一度！！ 向きを変えて
ジャンプ台の下まで戻っていくと、わたしの背中が 急に重くなりました。
ジャンプの選手が 着地直前に わたしに乗って、距離を伸ばしたようです。
ひときわ大きな歓声があがりました。 まぁ〜！ お役に立てたみたいです。
わたしは うれしくなって、ジャンプ台を駆けのぼり 滑っていく選手を
後ろから 押してあげました。 空に飛び出した選手といっしょに
鳥のような感じを楽しみます。 調子に乗ったわたしは 選手の頭を越え
スキーの板を踏み台にして、さらに 高くのぼっていきました。
あらっ？ いけないことしてしまったかも・・・。 ごめんなさい。
その選手は ストンと 着地して、 ガックリと首をうなだれてしまいました。
さようなら〜♪
☆ ☆ ☆
海に 出ました。 わたしが スゥ〜ッと駆け抜けると、うねりとなり、海岸のほうへ
いくえにも 打ち寄せていきます。 岩場では 釣りをしている人たちを見かけました。
わたしの作った波が、岩をたたいて 白くくだけています。
全速力で 通り過ぎたとき、これまで以上に 大きな波を作ってしまいました。
振り向くと 釣り人たちが 一ヶ所に集まり、さわいでいるようです。
何が起こったんだろう？ わたしは クルッと方向を変えて 戻ってみました。
男の人が ひとり、波にもまれて 沖に流されて行きます。 岩場のほうへ飛んでいきました。
波が 流されていた男の人を 押し戻し、仲間のみんなに 引き上げられたようです。
よかったわ、ごめんなさいね。 さっき 大きな波を作ったときは、サーフィンを
していた男の子たちが 飛び上って喜んでくれました。 何度も 沖に向かって
泳いで来ては、わたしの作った波に乗って 大はしゃぎしてたのに・・・。
だれが、なにが、どんなわたしを必要としているのかなんて、
わたしには よくわかりません。 迷惑かけちゃったみたいですね。
わたしは ゆっくりと 海を滑っていくことにしました。
すると、スピードを出している時には 見えなかった風景が 見えてきます。
うろこを光らせて 群れ泳ぐ魚たち。 流木に つばさを休める渡り鳥。
じゃましないように そーっと ふわぁーっと、通り過ぎて行きましょう。
さようなら〜♪
☆ ☆ ☆
乾いた土の匂いがしてきました。 わたしは どこに来たのでしょう。
遠くに 大きな塔のようなものが 見えてきました。 赤い土を 舞い上げながら
飛んで行くと、そこには 風車（ふうしゃ）が ５つも並んでいました。
《photo : myauさん撮影》
縁日の露店で売っている風車（かざぐるま）なら 回したことがあるけれど
こんなに大きな風車（ふうしゃ）に出会ったことはありません。
わたしの力で 回せるかしら？ 不安だけど、動かしてみたい気持ちでいっぱいです。
思いっきり はねを押してみました。 じわり、じわりと 動き始めたかと思うと、
急に すごいいきおいで 回りだしました。 きゃ〜！ こわい！！
だれか 止めて〜。 必死で スピードを落とそうとしても、一度
回りはじめた風車は 止まってくれません。 だんだん 気持ちが悪くなってきた、
そのとき・・・どこからともなく 風が吹いてきて、反対向きに はねを
回そうとしてくれているのが わかりました。 ボコボコと からだに
はねをぶっつけている音もしています。 いくらか遅くなってきたところで
わたしは 風車の回転から 抜け出すことに成功しました。 急いで、助けてくれた風の
もとへ駆け寄って お礼を言いました。 その風は、・・・風って、どんなにぶつかっても
ケガをしないものだよ・・・と言い残して 飛んで行ってしまいました。
カッコイイ！ また、どこかで 会えるといいなぁ〜。
さようなら〜♪
☆ ☆ ☆
きょうは 突っ走っていません。 わたしは おだやかな陽射しの公園で
芝生をなでながら遊んでいました。 犬に連れられて おじいさんがやってきました。
おかあさんと影ふみをしている女の子の手には 空色のふうせんをむすんだ糸が
にぎられていて、わたしが通り過ぎたとき ホワワン、ホワンと揺れました。
ベンチには 高校生くらいの男の子と 女の子が座っています。 ふたりの間を
すりぬけてみました。 あまり楽しそうな雰囲気じゃなかったような気がするけど、
まっいっか！ 芝生も おひさまの匂いがして、気持ちのいい午後だから・・・。
元気いっぱいの犬が 影ふみの仲間入りをしたくて、女の子の方へ走っていきました。
おじいさんは 犬の名前を呼びながら 引っ張っています。 おどろいた女の子の手から
ふうせんが逃げ出し、晴れた空へ 吸い込まれていきました。 ちょっと待っててね。
わたしは 高く舞い上がり、ふうせんを 女の子の手の中へ 戻してあげるつもりでした。
だけど わたしが近づくと ふうせんは どんどん離れて、もっと高く のぼっていき
とうとう 見えなくなってしまいました。 ごめんね、悪気はなかったのよ。
ベンチの近くまで 降りてきたら、もう 高校生の女の子は いませんでした。
男の子は うつむいて 自分のひざをたたいていたけど、ほっぺには 涙のあとがひとすじ。
わたしは しずかにほっぺをなでて 涙をかわかして あげました。
もちろん、ふうせんをなくしちゃった女の子の涙も、
犬のお散歩で くたくたのおじいさんの おでこの汗も・・・。
涙がかわいた男の子は おじいさんの犬を優しくなでて 帰っていきました。
さようなら〜♪
☆ ☆ ☆
わたしは いろんなものを運んでいます、知らず知らずのうちに・・・。
それは スギやヒノキの花粉だったり、中国の大河 黄河の砂、黄砂だったりします。
運んでも あまり喜んでもらえないんですけどね。 いつも みんなの役に立ちたい！
そう思いながら 飛び回っています。 植物のタネを運ぶのも大切な仕事だし、
風力発電用の 白いハネを見かけたら、思い切り駆け回ることにしています。
だけど きょうは たいへんなものを 運んでしまうところでした。
たいへんなもの・・・わたしは 火事の現場に 出くわしてしまったのです。
北側が 山林になっている住宅地を通り過ぎたとき、モワっと 熱い空気を感じました。
こげくさい匂いもしています。 パリ〜ンという窓ガラスの割れる音がしたかと思うと、
炎と 黒い煙が 立ちのぼりました。 このままの風向きだと 山に火が燃え移る！
とっさに わたしは 北の山林のほうから 火元の家のほうへ力強く 飛んでいきました。
その いきおいで、火の粉が 南側の家に飛んで 庭の植え込みが パチパチと
燃え始めたのです。 いけない！ あの家の２階には 子供の姿が見えます。
どっちの方向へ 吹けばいいのかしら？ 考えている間にも 火のいきおいは
増していきました。 わからないわ・・・ごめんなさいでは 済まされない事態に
わたしは ひらめきました。 雨雲！ すぐそこまで来ている 雨雲を 急いで
連れてくればいんだわ！！ 駆けつけた消防自動車が 燃え広がるのをくい止めている間に
重い雨雲を後押しして 火事の現場上空へ もどってきました。 思った以上の
どしゃぶりが しだいに火を消していってくれます。 雨雲さん、ありがとう。
わたしは 立ち去ったほうがいいみたい・・・あの子供も 助かったようだし。
さようなら〜♪
☆ ☆ ☆
どこか知らない国の 知らない街の 知らない路地に 迷い込んでしまいました。
《photo : myauさん撮影》
さっきから おんなじところを グルグルと回っているような気がします。
野菜をコトコトと煮込んだような 美味しい匂いが ここを通るたびに匂ってくるから
去りがたい気分なのかも・・・。 と、そのとき いい匂いのする家の中から
食器をひっくり返すような音がしたかと思うと、少年が飛び出してきました。
おかあさんらしい ぽっちゃりした女の人も 追いかけて出てきましたが、
もう 少年の姿は 見えません。 わたしは 少年を捜すことにしました。
上空へ舞い上がると、あの少年が 川のほうへ走っているのが見えました。
わたしは いろんなものを運べるけれど、匂いだって届けられるのよ。
おかあさんの ごちそうの匂いを そお〜っとくるんで、少年のいる川まで
持って行くことにしました。 少年は、小石を 川面に水平に投げて遊んでいたけれど
あたりがだんだん暗くなってくると、元気なく しゃがみこんでしまいました。
さて、ごちそうの匂いの出番だわ。 わたしは 少年のまわりを一周してから
ゆっくりと あの路地まで 進んで行きます。 思ったとおり 少年は、
匂いに誘われて 帰ってきました。 入り口で 心配そうに待っていたおかあさんに
ギュッと抱きしめられて、頭をかきながら 家の中に入って行きます。
わたしも お腹がすいてきたので、もう少し ここの路地で
ごちそうの匂いを いただいてから でかけましょう。
さようなら〜♪
☆ ☆ ☆
そろそろ 夕飯どきです。 あら！ あの家は 今、明かりが消えました。
もう、食事が終ったのでしょうか。 気になったので 窓からのぞいて見ることにしました。
「ハッピバースデー、トゥーユー♪」 「お誕生日おめでとう！」
「さぁ、ケーキのロウソクを吹き消して！！」 小さい男の子が ロウソクを消そうと
しているところでした。 楽しそう！ 窓が 少し開いてるみたい・・・ここから
入っちゃお〜。 わたしが 部屋に入ると、ロウソクが 消えてしまいました。
男の子は ほっぺに息を いっぱいためて、吹き消すところだったのに・・・。
もちろん、おおさわぎです、 男の子が 大泣きしてしまって。 おとうさんが、
「窓が開いていたんだ。 すきま風が入ってきたから 消えちゃったんだよ、ロウソク」
と言って、男の子の頭を なでています。 いじわるするつもりじゃなかったのよ。
ごめんなさいね。 もう一度、歌から やりなおしです。 わたしも 歌いましょう。
「ハッピバースデー、トゥーユー♪」 「お誕生日おめでとう！」
「さぁ、今度こそ ケーキのロウソクを吹き消して！！」 うれしくなって わたしは
男の子のほうへ 近づいて行きました。 あっ！ また、やっちゃった！！
そっとしてなくちゃいけなかったのよね。 今ごろ気づいて 換気扇から
あわてて出てきました。 家の中から 拍手がきこえています。 きっと 男の子が
ロウソクを吹き消すこと、できたんですね。 わたしは ホッと胸をなでおろしました。
次の日、わたしは 公園の桜の花びらを 庭で遊んでいた男の子に 届けました。
空から降ってきた たくさんの花びらに飛びつきながら 喜んでくれています。
お庭、散らかしちゃって ごめんなさい。 さようなら〜♪
☆ ☆ ☆
小学校の校庭で わたしは のんびりと 流れていました。 桜も散って、
学校までの坂道の両側では 濃いピンク色のツツジが 今にもほころびそうです。
こうやって なんにも考えずに ほわほわと動いているのが いちばん気持ちいいな。
わたしは、台風や竜巻みたいな風になったことがないけれど、このあいだ 目の前で
竜巻を見てしまいました。 プレハブっていう 簡単に作られた家が あっという間に
空に 舞い上がり、バラバラになって 降ってきました。 道を行く人が ケガをして
倒れていきます。 わたしは恐くなって逃げました、何台もの救急車と すれ違いながら。
もっと あのときに できることがあったかもしれない・・・ふと、そう 思いました。
ボーッとしていたので、大きなゴミ袋を持った子供たちが 校庭に飛び出してきたのに
気づかなかったのです。 わたしは いきなり ゴミ袋の中に 閉じ込められて
しまいました。 うわ、うわっ！ なに？ どうなっちゃったの？
「先生！ 風をつかまえたよ！」 「わたしも！ 空気がいっぱいよ、この袋の中」
そんな声が 聞こえます。 そうよ、つかまっちゃうと 空気だわ！ 逃げなきゃ・・・。
もがいてみても 無駄でした。 子供たちは 風を逃がすまいと ぎゅっと
袋のくちを 握りしめていましたから。 わたしは 上へ、上へと 袋を押し上げます。
「先生！ 袋が浮かんでいくよ」 「中の空気は 暖まると 軽くなって 上昇します」
先生は そういう説明をしているようだけど、この場合は ちょっと違うのよ！
わたしが 逃げ出したいだけだもの・・・。 わたしを閉じ込めた袋を 握りしめていた
子供は、中の様子が 気になってきたようです。 中の空気のほうが 暖かいのか
調べてみたくて 袋のくちを 開けました。 今だわ！ わたしは チャンスを
逃さずに 飛び出しました。 よかった・・・風に戻れて。 さようなら〜♪
☆ ☆ ☆
わたしは たくさんのアパートが建ち並ぶ 大きな団地に やってきました。
ベランダの手すりに ボッコン、ガンガンぶつかりながら 飛んでみたけど
ちっとも 痛くありません。 以前、どこかで だれかに聞いた言葉を思い出しました。
風って、どんなにぶつかっても ケガをしないものだよ・・・そのとおりです。
楽しくなって ますます ボッコン、ガンガンしながら 遊んでいると
ベランダの こいのぼりを見ている親子に 出会いました。 どうやら 元気のない
こいのぼりにあきてしまった子供が ぐずりだしているようです。 ダラリとたれ下がっていると
ただの布切れですものね。 わたしは こいのぼりの口から 風を送り込みました。
フワっと浮き上がった こいたちが泳ぎ始めると、お母さんに抱っこされていた子供が
手足をバタバタさせて 喜んでいます。 またひとつ、いいことしちゃったわ。
調子に乗って もう一度、ピュ〜ッと 駆け抜けると 物干しのハンカチが１枚、
飛んでいってしまいました。 それは、運良く となりのベランダで 盆栽の手入れをしていた
おじいさんのおでこに ペタッと 貼りつきました。 おかあさんは 笑いたいのを
必死でこらえて ベランダから お礼を言っています。 おじいさんも 照れくさそう。
ごめんなさいね〜。 わざとじゃないのよ。 わたしは 一日に 何度、この言葉を
くりかえしているんでしょうか。 役に立っているつもりでも じっさいには
お邪魔ばかりしているのかもしれないなぁ〜。 それでも わたしは 止まれません。
だって わたしは 風だから・・・。 また、いつか お会いしましょう。
さようなら〜♪
（おしまい）
